京つう

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2012年01月19日

阪神大震災から17年。

先日の1月17日。

阪神大震災から17年。

同じ関西に住みながら京都は
それ程影響も無かったので、
正直なところここ数年は
この出来事をあまり振り返る事がなかった。


しかし去年の東日本大震災で少なからず
いろんな事を思い出し、いろんな事を感じました。


…なので、この17年目は少し思いにふけました。




17年前のぼくは今とは違って
「建設工事・現場関係」の仕事をしていました。
いわゆる「コンクリート切断・解体」の仕事です。


阪神大震災のあの日、
ぼくは約1年間働いたその会社を辞めようと
辞表を出すつもりだった。

理由は体力的にキツかった事と
人間関係に疲れてた事。


その日の朝は京都も今迄ぼくが
感じた事がない程に揺れて、
当時嬉しげに部屋に飾ってた
「ストーム・トルーパー」や
「バズ・ライトイヤー」の
フィギュアらが棚から落ちた程だった。


どうやら只事ではない感じだったので、
とにかく会社へ出勤し状況を確認。

朝6:30頃。

会社に行くと、
稼動中の各現場はどうなるのか
被災地へは行かなくていいのかなど
先輩方や他の社員の方は大騒ぎ。


ぼくはその日、
大阪の地下鉄長堀の現場に行く予定だったのですが
とても辞表を出せる雰囲気・状況ではありませんでした。


その日は結局、各現場もストップしてぼくは一旦自宅待機に。


その時きっと会社では進行中の現場の調整や今後の対応、
一刻の早く被災地へ行こう、
いやいや正式なオファーがあるまではダメだなど
いろいろあった様子です。


そんなこんなで数日後、
正式に仕事として会社から被災地へ行く事が決定。

完全に辞めるタイミングを失っていたぼくは、
変な正義感と責任感みたいなモノに
苛まれ何故か被災地の作業へ行くメンバーに
立候補していた。


なんとなく
「この仕事をしないで辞める訳にいかない」
という気持ちになっていた。


そうして数日間の出張を何度か繰り返す、
現場解体作業の仕事に関わりました。

当時にその場で見た神戸の街はとても悲惨で、
テレビや映画で観た様な「戦後」みたいな状況。

なんだか「嘘」みたいな感じで、
ピンと来なかったのを覚えている。

いざ現場に行っても
「目の前の仕事をこなし、監督や先輩からの指示で動くしかなかった」
当時のぼくは、とにかくフラフラでヘロヘロになっていた。

復興に関わっているなど感じる余裕もなく、
崩れた「三ノ宮駅」の切断・撤去工事の仕事に携わっていました。


そして、
その仕事が終了した後に無事(?)に退職。
(今はその会社はありませんけど)


…と、そんな事もあったのですが、
多少でも「阪神大震災」を
見た・経験したぼく達は「東日本大震災」の事でも
切なくて胸が痛くなったはず。

しかも自然災害だけでなく
原発事故までに広がり、17年前とは大違い。

去年の夏に福島に行った時もいろんな事を思ったが、
やっぱり自分の無力さに情けなくもなるし何より正直恐くなった。


阪神大震災があった関西(神戸)は、
目まぐるしく復活・復興したけど
東北の復興はまだまだ終わらないし続いていく。

以前にも記したのですが、
募金や義援金なども
「一過性」「旬」「流行り」で行うのではなく、
出来る範囲でいいので継続して行う事が大切だ。

ぼくはちょっとした「募金」程度しか出来ないが、
この事を忘れる事のない様にしたいのだ。


と、そんな風に再度感じた事を長文にて記しておきました。

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